農地の贈与における納税猶予の活用
被相続人が農家の場合など、所有している農地を贈与により引き継ぐ際に一定の条件を満たすことで、対象の農地に対する贈与税の納税猶予が受けられる場合があります。
対象の農地が非常に広い面積であったり、数が多かったり、市街化区域の農地であったりすると、その評価額は高額になるため、非常に高い贈与税について納税猶予が受けられるとなると、その節税効果も非常に大きいものになります。
納税猶予と言っても、更に一定の条件を満たすことで、猶予されていた税額が免除になることもあるため、上手く活用すれば実質免税になるという素晴らしい特例です。
相続対策としてどのようなケースで活用できるのか、ご親族が農地をお持ちの方は今一度ご確認ください。
農地に係る納税猶予の特例は、相続をした場合にも適用することができます。
「農地の相続における納税猶予の活用」 も併せてご覧ください。
目次
【農地を贈与した場合の納税猶予の特例】
・概要
農業を営んでいる人が、農業の用に供している農地の全部並びに採草放牧地及び準農地の一定部分をその農業を引き継ぐ推定相続人の1人に贈与した場合には、その贈与を受けた人(受贈者といいます。)に課税される贈与税については、その贈与を受けた農地等について受贈者が農業を営んでいる限り、その納税が猶予されます(猶予される贈与税額を「農地等納税猶予税額」といいます。)。
国税庁 農業後継者が農地等の贈与を受けた場合の納税猶予の特例 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4438.htm(2020年11月6日)
農地を贈与によって取得したとき、一定の要件を満たす場合には、贈与税の納税が猶予されます。
贈与は、財産移転の自由度の高さにより、相続税よりも高い税率が設定されているため、通常の贈与では非常に高い税金がかかります。
そのため、贈与税の納税が猶予されることは金額面から見ると非常に大きなことです。
・特例を受けるための要件
この特例を受けることができるのは、次の要件の全てに該当する場合に限られます。
⑴ 贈与者の要件
贈与の日まで3年以上引き続いて農業を営んでいた個人で、次に掲げる場合に該当しない人であること。
イ 贈与をした日の属する年(「対象年」といいます。)の前年以前において、推定相続人に対し相続時精算課税を適用する農地等の贈与をしている場合
(注) 過去の年分において、贈与者の推定相続人に農地を贈与し、その推定相続人が相続時精算課税の適用を受けている場合には、その贈与者の全ての推定相続人がこの特例を受けられないことになります。
ロ 対象年において、今回の贈与以外に農地等の贈与をしている場合
ハ 過去に農地等の贈与税の納税猶予の特例に係る一括贈与をしている場合
⑵ 受贈者の要件
贈与者の推定相続人のうちの1人で、次の要件の全てに該当するものとして農業委員会が証明した個人であること。
イ 贈与を受けた日において、年齢が18歳以上であること
ロ 贈与を受けた日まで引き続き3年以上農業に従事していたこと
ハ 贈与を受けた後、速やかにその農地及び採草放牧地によって農業経営を行うこと
二 農業委員会の証明の時において認定農業者等であること
⑶ 特例農地等の要件
贈与者の農業の用に供している農地等のうち「農地の全部」、「採草放牧地の3分の2以上の面積のもの」及び「準農地の3分の2以上の面積のもの」について一括して贈与を受けること。
国税庁 農業後継者が農地等の贈与を受けた場合の納税猶予の特例 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4438.htm(2020年11月6日)
特例を受けるための要件として、農地を譲り渡す贈与者、農地を受け取った受贈者、贈与財産となる対象地、ごとに要件があります。
例外的な要件が多くあるため複雑に見えますが、農地に係る一般的な納税猶予は、農業を営んでいる親から子への事業承継のようなケースがほとんどであるため、必要要件は以下のようになることが多いです。
① 農地を譲り渡す贈与者 → 3年以上農業を営んでいること
② 農地を受け取った受贈者 → 3年以上農業を営む18歳以上で、対象地で引き続き農業を行う
③ 納税猶予となる対象地 → 贈与者が譲り渡す農地の全て
この他に注意すべきポイントとして、贈与者は農業を行っているすべての農地を贈与することと、受贈者は贈与者の推定相続人のうちの1人であることです。
一部の農地だけ贈与することも、推定相続人(主に子)以外の人へ贈与することも、納税猶予を受けることができる贈与にはなりません。
・特例を受けるための手続き
⑴ 申告の手続
この特例の適用を受けるためには、贈与税の申告書に一定の書類を添付して、その申告書を贈与税の申告書の提出期間内に提出するとともに、農地等納税猶予税額及び利子税の額に見合う担保を提供する必要があります。
⑵ 納税猶予期間中の継続届出
この特例の適用を受けた人は、納税猶予の期限が確定するまで又は納税が免除されるまでの間、贈与税の申告期限から3年目ごとに、引き続いてこの特例の適用を受ける旨及び特例農地等に係る農業経営に関する事項を記載した届出書(「継続届出書」といいます。)を提出しなければなりません。
国税庁 農業後継者が農地等の贈与を受けた場合の納税猶予の特例 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4438.htm(2020年11月6日)
相続税の申告期限までに各種書類や担保についても提出・提供する必要があります。
また、納税猶予を受けられたら終了というわけではなく、3年ごとに納税猶予の継続届出書や農業委員会の証明書を提出する必要がありますので注意してください。
・納税猶予額が免除される場合
この農地等納税猶予税額は、受贈者又は贈与者のいずれかが死亡した場合には、その納税が免除されます。
ただし、贈与者の死亡により農地等納税猶予税額の納税が免除された場合には、特例の適用を受けて納税猶予の対象になっていた農地等(特例農地等といいます。)は、贈与者から相続したものとみなされて相続税の課税対象となります。
国税庁 農業後継者が農地等の贈与を受けた場合の納税猶予の特例 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4438.htm(2020年11月6日)
納税猶予されていた贈与税は死亡により免除されますが、いずれにしても最終的に相続税がかかることになります。
受贈者が死亡した場合は、当然のことですが農地を相続した人に相続税がかかります。
一方で、贈与者が死亡した場合には、過去に贈与を受けた農地でも贈与者より相続したものとみなされるため、贈与税が免除される代わりに相続税がかかります。
なお、一定の条件を満たすことで農地に係る相続税の納税猶予に切り替えることができます。
農業を営んでいる親から子への事業承継のようなケースでは、所定の手続きを踏むことで引き続き納税猶予を受けることが多いと思われます。
・納税猶予額を納付しなければならない場合
納税猶予を受けている贈与税額は、次に掲げる場合に該当することとなったときは、その贈与税額の全部又は一部を納付しなければなりません。
イ 贈与を受けた農地等について、譲渡等があった場合
(注) 譲渡等には、譲渡、贈与若しくは転用のほか、地上権(地下又は空間を目的とするものの内、受贈者が当該農地等を耕作等している場合を除きます。)永小作権、使用貸借による権利若しくは賃借権の設定(農用地利用集積計画に基づくもの等で一定の要件を満たすものを除きます。)又はこれらの権利の消滅若しくは耕作の放棄(農地について、農地法第36条第1項の規定による勧告があったことをいいます。)の場合も含まれます。
ロ 贈与を受けた農地等に係る農業経営を廃止した場合
ハ 受贈者が贈与者の推定相続人に該当しないこととなった場合
ニ 継続届出書の提出がなかった場合
ホ 担保価値が減少したことなどにより、増担保又は担保の変更を求められた場合で、その求めに応じなかった場合
へ 都市営農農地等について、生産緑地法の規定による買取りの申出があった場合、同法の規定による特定生産緑地の指定の解除があった場合や都市計画の変更等により特例農地等が特定市街化区域農地等に該当することとなった場合(その変更により、田園住居地域内にある農地でなくなった場合を除きます。)
ト 準農地について、この特例の適用を受けた場合で、申告期限後10年を経過する日までに、農業の用に供されていない準農地がある場合
国税庁 農業後継者が農地等の贈与を受けた場合の納税猶予の特例 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4438.htm(2020年11月6日)
納税猶予された贈与税を支払わなければならない場合として、納税猶予を受けている農地の譲渡・転用などをすることによって農家をやめてしまうケースがあります。
また、納税猶予を受け続けるために必要な手続きである継続届出書の提出がなかった場合にも納税猶予が打ち切られてしまいます。
いずれも農地を手放した日や農地ではなくなった日が納付期限になります。
納税猶予額の納付と併せて、納税猶予を受けた期間に対する利子税も納付する必要があります。
利子税は、基本的に年3.6%と高いため、納税猶予を受けることを検討している人や注意してください。
以上より、農地に係る贈与税の納税猶予の特例は、一定の条件を満たすことで贈与税が免除される特例であることが分かります。
この特例が使えるケースとして簡潔にまとめると、以下のようになります。
・農業に従事していた推定相続人が農業をしていた推定被相続人から農地を譲り受けて引き続き農業を行う場合
・贈与税の申告期限までに所定の手続きを行う
・贈与者又は受贈者が死亡するまで農業を行い、3年ごとに納税猶予の継続届出書等を提出する
これらの条件を満たすことで贈与税が免除されるため、主に次世代へ生前のうちに農業を引き継ぐ事業承継のような場合などには活用できる制度となっています。
次世代へ早期に経営移譲するために農地を贈与するケースでは、税金の中でも非常に高い税率をかけられてしまうことになります。
その贈与税が実質免除されることはとても節税効果のある制度であると言えます。
基本的に親から子への経営移譲になると思われますが、納税猶予後は以下の流れになることが多いでしょう。
① 対象地に対する贈与税の納税猶予の特例を受ける
② 親の死亡により贈与税が免除、対象地に対する相続税が発生
③ 対象地に対する相続税の納税猶予の特例を受ける
④ 20年間営農後、又は子の死亡により免除
これにより、対象農地の財産移転に対する贈与税・相続税はゼロになります。
農地転用ができる農地などである場合には、納税猶予されていた相続税までが免除になったら、農地転用して宅地や賃貸アパートに利用することもできます。
20年間農業を続けることはなかなかハードルが高いですが、受けられる恩恵は非常に大きいので該当する方は是非検討してください。
【贈与税の納税猶予の活用方法】
・相続税の納税猶予の特例のみ受けるべき
結論から言うと、親から子への経営移譲による農地の納税猶予は、基本的に相続時のみ受けるべきであると考えます。
つまり、農地を贈与するのではなく、相続により譲り渡すことが税金面では望ましいです。
前述したとおり、贈与税の納税猶予の特例を受けても、対象地を保有する人がいる限り必ず相続が発生します。
相続には、贈与よりメリットが多くあるため、相続により財産を取得することが望ましいということです。
経営移譲により農地に係る納税猶予の特例を受けるケースについて、贈与税の納税猶予の特例を活用しづらい理由には以下のことが挙げられます。
① 親から子への経営移譲は、使用貸借により行うことができる
使用貸借とは、契約により無償で貸し借りをすることです。
親から子への経営移譲のケースでは、親から子へ農地を贈与により「無償であげる」ことを行わなくても、使用貸借により「無償で貸してあげる」ことで経営移譲することができます。
子は、親に代わり農家(事業主)になり、対象農地に対する農業所得が発生するようになります。
農地の権利移動、つまりは農家になる場合には、使用貸借だけでなく譲渡や贈与、賃借においても農業委員会の許可が必要です。
申請に際して、農地法に定める全部効率利用要件や下限面積要件、農作業常時従事要件などの許可基準を満たす必要があります。
② 贈与は、より多くの登記料に係る費用がかかる
具体的に、不動産取得税は固定資産税評価額の3%、登録免許税は固定資産税評価額の2%がかかります。
相続した場合には、不動産取得税はゼロ、登録免許税は固定資産税評価額の0.4%になります。
詳しくは、 相続と贈与の違い ~生前贈与と死因贈与と遺贈~ をご覧ください。
③ 納税猶予の対象農地は遺贈により取得されたものとみなされる
節税方法として贈与税を支払うほうが相続税を支払うより優れる可能性がある点は、主に2つあります。
・贈与財産に多額の収益が発生している
・値上がりが見込まれる財産がある
想定被相続人が死亡するまでに贈与財産から生み出される収益の額が、相続ではなく贈与により多く支払う税額などの費用よりも大きい場合に節税効果があります。
また、財産の値上がり前の贈与税額が値上がり後の相続税額より少ない場合にも節税効果があると言えます。
親から子への経営移譲のケースでは、対象農地から発生する収益は使用貸借契約により子の収益となるため、贈与と変わりません。
一方で、納税猶予の特例を受けた農地についても、贈与者が死亡した場合、他の財産の贈与と異なり遺贈により取得したとみなされるため、贈与時の時価ではなく相続発生時の相続税評価額で相続税を計算することとなり、贈与と変わりません。(措置法第70条の5-1)
・贈与税の納税猶予の特例を検討するケース
贈与税の納税猶予の特例を検討するケースは、言い換えると農地の贈与を検討するケースになります。
農業を営む親から後継人となる子へ農地を引き継ぐ際に、死亡後に譲り渡す相続ではなく、生前に譲り渡す贈与のほうが望ましいケースとして、相続発生時に対象農地についての他の相続人との争いを防ぐことが挙げられます。
親の農地を相続する場合、相続人はそれぞれ決められた割合の財産を相続する権利があるため、他の相続人との遺産分割協議がまとまらず、対象農地の相続権を主張されることになると、後継人であろうと全ての対象農地を相続できない可能性があります。
遺言などにより全ての対象農地を相続できたとしても、他の相続人の遺留分を侵害するだけの財産であれば、減殺請求により農地を手放さなければならないこともあります。
親の農地を生前贈与した場合、贈与契約により既に対象農地の所有権が移転しているため、相続発生時に遺産分割の対象になりません。
そのため、仮に相続人同士でトラブルになったとしても贈与された農地を手放さなければならないことにはなりません。
贈与をすると多額の税金が発生しますが、贈与税の納税猶予の特例を適用できる場合に初めて、この特例が活用できるでしょう。
ただし、これらは贈与のメリットであって納税猶予のメリットではないことに留意して下さい。
あくまで贈与税の納税猶予の特例は、これらのトラブルを避けるためなどの目的で贈与を行い、その結果発生する贈与税を猶予する手段となります。
【まとめ】
農地の贈与における納税猶予の特例について述べましたが、相続でトラブルが起きることが予想されるケース以外では贈与ではなく使用貸借による経営移譲が望ましいと考えます。
税金面でも、農地の贈与における納税猶予は必要ないケースがほとんどであると思います。
一方で、農地の相続による納税猶予は、適用できるケースはある程度限定的であるものの、とても大きな節税効果があります。
家族経営しているような専業農家は、必ずと言ってもいいほど適用できる特例なので必要な手続きなどよく理解しておくことが望ましいでしょう。
また、農業とは全くかけ離れた相続人でも適用できるケースもありますので、専門家に相談することが望ましいです。
もし、兼業農家になれるようであれば、農業は事業所得となり給与所得などと損益通算が可能ですので、その点でも非常にメリットがあります。 農地転用を考えているケースでも、20年間農業を行うことで高い相続税を大幅に減額することも可能なので、検討してみるのも一つの手段だと考えます。
〈こちらの記事は、2019/3/21更新記事を参考に作成しています。〉